法螺(ホラ)と嘘

■11月2日に、法螺吹き画伯のことを書いたが、今日もそれを。
 その画伯とは、最近気に入っている大倉山のおでんや『隆』で再会した。
 面白い人なので、ぼくは隣の席に呼んであれこれ話をすることに──。
 が、ちっとも楽しくなくなった。そのオヤジ(もう画伯とは呼ばない)は、すでにお里が知れているのに、勝手に恥の上塗りをしてゆく。つまり法螺がばれそうなので、さらに法螺をつくのだ。
突っ込みを入れると、言葉を濁して、それはその前に一度、たまたまとか、そんなこともあっただけとか、もうあんまり説得力のある言葉にならず、しどろもどろ。だんだんけったくそ悪くなった。
 まあぼくは法螺というのは、好きである。出鱈目だとわかっている愛嬌のある嘘が法螺だと思う。嘘とはちょっと意味あいが違う。広辞苑にも、法螺とは大言を吐くこと、虚言などとある。
 だけど、あくまでも法螺話を押し通そうとすると、それは嘘になるのであるよオッサンといいたい。
 例えばオッサンが、「ああ、ありゃあ法螺法螺」とか「いやあ、信じてたの。そんなの嘘だよ」とか、けろっといってのけてくれた方が、こっちもな~んだやっぱそうだったのかと許せるのだが、こっちはもう嘘だと見抜いているのに、いいわけめいた言葉を重ねるから、もう面白くないのだ。
 だからぼくは怒って退席した。もう会っても口も利かないだろう。
 が、そのオッサンが他人に被害や損害を与えたというのではない。あくまでも見栄を張りたいオッサンなのだ。新聞店員だというのもわかっているしね。
 だから、そんなに悪い人ではないだろうし、質の詐欺師でもないと思う。
 
■しかし、質の悪いのがいる。
 他人に期待を持たせて、その気にさせて、金を巻き上げたり、足元をすくったりするやつだ。そういうやつはじつに言葉巧みである。ときに相手を誉めそやかし、自分のことを大きく見せるために、自分にはこういうバックがある、こういう大物と知り合いだ、あの有名人とは顔見知りなんだよと、平気で嘘をつく。
 実際は名刺を交換した程度、あるいはすれ違っただけ、あるいはパーティで人を介して立ち話を数秒しただけで、友達以上になってしまう。さらにテクニックが上達すると、そんな有名人と写真を撮ったりして証拠作りをするという念の入れようだ。
 みなさん、この手の人間には気をつけたがようございますよ。
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by kingminoru | 2004-11-25 15:42 | 小説家(小説)