静かに冥福を祈るのみ

■薫さんは倒れたまま昏睡状態に陥り、そのまま目覚めることがなかった。11日間病院のベッドで寝たきりだった。

 容態が急変したのは19日の朝だった。心臓が停止し、医師が処置を施し、家族に覚悟を匂わすことを説明する。
 処置のお陰で蘇生したが、それから約1時間後の9時15分に再び心臓が停止し、そのまま薫さんは逝った。享年59――。

 薫さんはもともとミュージシャンだった。ホームターナーズというカントリーミュージックのバンドでリードギターを担当していた。
 活躍したのは70年代だった。GSグループに圧倒され、その存在はあまり広く知れ渡らなかったようだが、熱狂的ファンはいた。
 追っかけをやっていた女性もおり、そのひとりが妻になった典子さんだ。
 当時、宇崎龍道氏がマネージャをやっており、氏がダウンタウン・ブギウギ・バンドを結成する際、薫さんは誘われたそうだが、断っていた。
 誰もが誘いに乗っていれば、というが、それはもう昔のことである。

 バンド解散後、薫さんは電子技術系の会社に勤め、数年前に昔の仲間が集まってバンドを再結成したので、当然参加し、月に1、2度都内のライブスタジオなどでコンサートをやっていた。今月は帝国ホテルでのコンサートも決まっていたのだが……。

 わたしが初めて会ったのは、学芸大学のアパートだった。にこやかでやさしい雰囲気の人だなというのが第一印象だった。
 そして、そのままの人だった。いつもにこにこ微笑んでいる穏やかな人だった。
 回数は多くないが酒を飲んだり、キャンプに行ったりもした。それらのことがひとつひとつ思いだされてくる。
 ともあれ、幸せな人だった。ただ、もっと思い切りやりたいことがあったはずだ。それは不完全燃焼だったかもしれない。だから、早くリセットしてもう一度一からやり直そうと考えたのかもしれない。

 人間は誕生するとそのまま死に向かっていく。
 すると、人間は死んだそのときから生に向かっていくはずだ。
 薫さんは来世への旅をはじめたのだ。
 今ごろは兜率天(とそつてん)に向かっているだろう。
[PR]

by kingminoru | 2006-12-21 10:10 | 小説家(小説)