江戸の町に行きたい

■古地図を何冊持っているだろうか? 仕事に絶対欠かせない資料である。ざっと見まわしただけで六、七冊はある。なかには二十数万円の大型判がある(これはほとんど使わない)。もっとも多用するのが、丸善から出ているソフトである。これはPCにぶち込んであるので、いちいちページをめくる必要がないので重宝している。
 つぎに人文社の江戸切り絵図。嘉永と慶応のものだが、出回っている古地図はほとんどがこの時代のものとなる。よって、それ以前の地図はなかなか手に入らない。
 まあ、それはさておき、わたしは日に何度この古地図とにらめっこするであろうか。数えたことはないが、今では頭のなかに江戸地図が浮かぶほどである。
 それだけ首っ引きになっているということだ。

 そして、今日、犬の散歩のついでに、ぼうっと眼下の街を眺めていた。
 まず思ったことが、なんと雑然としているのだろうかということだ。無数にある建物は無秩序に、それこそバラバラに節操もなく建てられている。そこに「美」は感じられない。
 テレビや雑誌で見る、西洋の整然とした街並みとはほど遠いセンスのなさ。もっとも建物個々は、さしてひどくもなく、それなりにデザインされ、センスも悪くないと思う。ところが全体的に見ると、メチャクチャなのだ。

 嗚呼……と、わたしはため息をついていた。
 この街の整備をしたやつの責任だ。いや、整備など考えていないのだろう。そこに土地があり基準に従って建てれば文句はいわれないのだ。そう考えると、やはり役所の責任ではないか?
 都市整備の改善はすぐにはできないだろうが、何とかしてもらいたい。

 そして、古地図に戻るが、その地図をじっと眺めていると、見たこともない町並みが、まるで実際そこに行った経験があるように脳裏に浮かんでくる。
 全体的に明るいトーンではないが、整然としている。縦横に走る町筋、水路、風にそよぐ暖簾をかけた商家の家並み、屋根の向こうにある青い空。高い建物はなく、遠くには富士山を見ることができる。
 武家地に来れば、掃き清められた道の両側に海鼠壁や土塀がつづく。脇には小さな水路が清らかな音を立てて流れている。随所に広い火除け地があり、市が立っている。寺社地は銀杏や杉、あるいは松の木で覆われた森となっている。
 もう一度、こういう都市整備をしたらぐっと住み心地がよくなると思うのだが……。
 
 とりとめのないことを書いてしまった。
b0054391_15494345.jpg

[PR]

by kingminoru | 2007-01-24 15:47 | 小説家(小説)