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今日も中国が……

◆尖閣諸島に漁船団がやってくる日。
 おとなしく漁をして帰ってくれればいいけど……。

 デモにかこつけ略奪、放火、破壊行為をやる連中だから、どうなるかわからん。

 
 日本政府、なんとかしろよなー。

◆ちなみに、本日は柳条湖事件のあった日。
 歴史を振り返るために、もっとも信頼のおける「国史大事典」より引用しておく。

【満洲事変の発端となった謀略事件。
 かねて満洲(現在の中国東北)の武力占領を計画していた関東軍幕僚の板垣征四郎大佐・石原莞爾中佐らは、昭和六年(一九三一)六月末、中華民国遼寧省の奉天(現在の瀋陽)から東北へ約七・五キロの南満洲鉄道沿線にある北大営(中国の東北辺防軍の兵営)付近の柳条湖で九月下旬に軍事行動を起すことを予定した。

 しかし企図が政府側にもれたため、予定を繰り上げ、九月十八日午後十時二十分ごろ、張学良軍事顧問補佐官の今田新太郎大尉の監督のもとに、独立守備隊歩兵第二大隊第三中隊の河本末守(かわもとすえもり)中尉が柳条湖の満鉄線路に爆薬を仕掛け爆発させた。

 線路の破損については〇センチから一五〇センチに至る諸説があるが、爆発の直後に、奉天十時三十分着の長春発大連行き急行が現場を無事通過しており、爆発は線路の爆破よりも爆音を響かせるのが目的であったとみられる。

 爆音を合図に、演習と称して付近に待機していた川島正大尉の率いる第三中隊が北大営を攻撃した。板垣・石原らは事件を中国軍が満鉄線を爆破し日本軍を攻撃したものと偽り、関東軍を出撃させ、満洲事変をひきおこした。

 事件の地名は、日本陸軍の公式文書では柳条湖であったが、外務省・報道機関には柳条溝と伝えられたため、戦時下は双方が混用され、敗戦後東京裁判(極東国際軍事裁判)の結果、柳条溝の誤称が定着した。
 
 昭和五十六年中国の研究で柳条湖が正しいことが確認された】

 当時の日本陸軍のやり方は感心できませんね。
 中国の義憤もわかりますが、いつまでも過去を引きずっているのもどうかと思う次第であります。

 以上です。







by kingminoru | 2012-09-18 06:35 | こだわり