人気ブログランキング |

頼むよアニー

■寒い。
 あの真夏の猛暑から、酷寒の地に来たわたし。
 吹きすざぶブリザード。吐く息が凍り、頬の無精髭と眉に白い氷柱が下がる。
 気温、マイナス43度。
 地表に積もった雪がさらさらと巻きあげられ、ときおり強烈な風がタックルをかけてくるので、体がよろける。足を踏ん張り前傾姿勢になって耐える。

b0054391_955549.jpgこなくそ、こんなことで負けてたまるか。もう食糧はない。飲料水も切れた。
 大地を踏み固めるように足を動かす。一歩、また一歩と、足を引きずりながら進める。
 風がゴウゴウ鳴っている。太陽は鈍色の雲の向こうにぼやけている。

 見渡すかぎりの白の世界。もはや方向感覚はない。コンパスも壊れた。
 頼るのは自分の勘のみ。
 橇はどこだ?

 あたりを見渡すが、影もない。犬たちはどうした?
 一頭、また一頭と倒れていった。愛らしい犬たち、自分をここまで運んでくれた犬たちはことごとく倒れてしまった。主を守るために、死力を振り絞ってくれた犬たち……。
 あの犬たちのためにも頑張らねばならない、生き延びなければならないと、奥歯を強く噛み、口を引き結び、目に力を込める。

 それから約半時間をかけて一キロ進んだ。途方もない距離だった。マラソン選手なら三分で走れる距離だ。それが一〇キロにも二〇キロにも感じられた。

 どっちに行けばいい? 周囲を見渡す。さっきから同じようなことを何度も繰り返している。さらに二〇メートル進んで、愕然となった。目の前に巨大なクレバスが口を開けて待っていた。小さなクリークならまだしも、目もくらむように広くて深い。
 
 絶望感に打ちひしがれたわたしは、がっくりと両膝を地につけた。背中のリュックがバラバラと崩れるように横に落ちた。

 ああ、神よ。無神論者のわたしでも、極限状態になった今は神を頼りたくなった。天を仰ぐ。そのとき、何か小さな声がした。はっと、息を止め、耳をすました。
 たしかに声がする。

 わたしは、後ろを振り返った。信じられないように目を瞠る。一頭の犬が地表の雪を蹴散らしながら疾走してくる。その足取りはしっかりしている。両耳をなびかせ、もう一度吠えた。
 わたしは思わず応じた。

「アニー!」

 その声で、わたしは目を覚ました。何か冷たいものが手に触れた。はっとなって半身を起こした。アニーがだらしなくひっくり返って寝ている。
 こいつ、またオネショを……。
b0054391_6413290.jpg

■「小説現代」短編送稿。
現在、「KENZAN!」連載一回目、猛烈執筆中!
 so-netのポイントがたまったので、「あしなが育英会」に募金。

by kingminoru | 2007-09-01 06:33 | ワンコ&ニャンコ