■壮絶な夜であった。その狂宴はこうしてはじまる。
その日の夕刻、わたしは一本の仕事を終え、いつもの店に行き静かにビールを飲んでささやかな祝杯をあげた。おとなしく、つつましく。
そのうち隣に丸さんが来て、将棋の話を少しする。丸さんは今年61歳だが、この年から介護士の資格を取るという。えらいと思う。高齢化社会を見越して、これから自分も役に立ちたいという思いと、少しでも収入につなげたいという意向らしい。その心意気がいい。いくつになってもチャレンジするのはいいことだ。
その隣にヒーちゃんがやってきて北海道旅行をするという。話題は自然に、北海道のことになる。ぼくは焼酎の水割りを飲みはじめており、少し心地よくなっていた。
そんなところへ銀次郎から電話──。
「エミちゃんにいるけど、ジュンちゃんもいるので来ませんか?」
「どうしようかな。もう結構飲んでいるしな」
「ずっといますから」
何だ、来てくれって誘いじゃないか。
ま、でもジュンちゃんがいるなら顔を拝みに行こうかと思い、すたこらさっさでエミちゃんにゆく。ドアを開けるなり、すでに店内は盛り上がっている。カウンターの止まり木にいた客が、一斉にわたしを振り返る。視線に圧倒され、のけぞりそうになるのを踏ん張って耐え、前進するなり銀次郎の隣に着席。
「ジュンちゃんが可愛いから来たんだよ」
と、すでに酔っぱらいモードの銀次郎がのたまう。わたしは赤面する。周章狼狽を誤魔化すために、へらへら笑って煙草に火をつける。隣にジュンちゃんが座って、シャッシャカ、シャッシャカと水割りを作ってくれる。
「はい、かんぱい」
にっこり微笑むジュンちゃんは色が白くて、お目目がぱっちりしていて愛らしい。グラスとグラスが小さな音を立ててぶつかり、わたしにとっての二次会のはじまり。
たいして意味のない話ばかりをした。まわりのカラオケがうるさいから、満足な会話ができないのだ。そのうち話なんかするとこじゃないと開き直り、わたしたちも歌うことになった。
銀次郎が井上陽水を歌えば、見ず知らずの隣のお兄さんが佐野元春を歌う。ジュンちゃんは竹内まりやを歌う。お上手。わたしは、自分の歌を探すためにこっちを調べ、あっちを調べ、その合間に酒を飲む。
気づいたときには銀次郎はもう何曲も歌っている。隣のお兄さんも歌いまくりだ。店中が歌の渦で埋めつくされている。マイクはあっちに行ったり、こっちに行ったり。お客のほとんどが、「へべ」の「れけ」状態。あーらやんやのさっさかさあ~。
それなのに、わたしはまだ何も決められずに、どれにしようかあれにしようかと曲選びに悪戦苦闘。
はっと気づいたら、もう半分の客が入れ替わっているではないか。このままではわたしは一曲も歌わないことになる。
別にそれでもよいのだが、なんとしても一曲ぐらいと思い、やっと探したのがビートルズの「ヒ・カム・ザ・サン」だった。
音楽がはじまった。が、横文字が画面に出てくるなり、わたしはつっかえて歌えない。歌えないから「ナントカカントカ」といって鼻歌になる。恥、恥、恥。
それが終わったあとは、みんなマイクの取りあい。組んずほぐれつで歌いまくる。わたしは聞くことに終始。ボトルを一本空けてお開きになったが、なにも歌っていないわたしはすごいエネルギーを消耗していた。くたくただった。
帰ってベッドに倒れ込むなり鼾をかいて深い眠りに陥ったようだ。
あんまり壮絶でもなかったか・・・。